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「電源抜いちまうかもう」

だって戻れない。嗚呼。帰れない。嗚呼。時限式カラミティ。

まだ考える「なごみのおそ松」考察とかとか

みなさんの考察読むの楽しい。
もちろん二次創作系もおいしくいただいている。ごちそうさまです。
ほのぼのがいいよ。

前回エントリの「じょし松さん」についての違和感でしたが
とある方が、あれは単純な女体化のifではない
ただ名前の似ている人たちだという指摘をしてまして
(や、もっと「持っているもの」「選んだもの」の差異など
 いろいろと語られていてそれは納得したのですがとりあえず置いといて)
なるほどな~!!と思いました。
違和感を抱いたら、そこに意図があると考えて
可能性を探るといろいろ掘り下げられるんだなぁと思った一件。


昨日、何度目かの「なごみのおそ松」を見てて思ったのですが
あれは“本当にあったこと”なんじゃないだろか。
少なくとも、トド松が共同体で生きるために選んだ思考停止は
ああいう過程だったんじゃないかなと妄想している。
もっと長い長い年月をかけて。

十四松の鑑識さんが“まとも”なのも気になる。
“ふくめん”に殺されたカラ松。
攻撃的な出で立ちで、喋らないがずっと皆の視界に入り、そして墜落する一松。

……いま気づいたのだけど、カラ松と一松だけは
長男に迎合しなかった(できなかった)んだね。

話は変わるけど、おそ松兄さんは「無神経」なんだ、と気づいた。
無神経な癖に、物分りがよくて、そして絶対に誰かに崩されない。
だからズルいんだ。

私、カラ松事変は特に怒ったり悲しくなったりしなかったんだけど、
にゃーちゃん握手会の妨害と、5人の悪魔だけは
どうも見ていてツラかったんだよね。
気づいたんだけどこれ、どちらも「抜け駆けへの制裁」だったから嫌だったのかも。

イッチは内省性があるというか、攻撃は基本自己に向いていて
他者への攻撃は愛情の裏返しが多いイメージある。
どれだけ自分がツラく当たっても
見捨てられることはないという前提のコミュニケーションか
構ってもらうためのパフォーマンスか。
(「誰かといないと何するかわからないっていうか」と自分で言っているし、そういうキャラでいようとしている)

私はおそ松兄さんのような人がこわい。



あと、兄弟が演じている「役割」について
それがいつからはじまったのか、何のためにはじまったのかとかも
いろいろと考えたいなーと思うけど
眠いので。今日はこの辺で。
ツイッタだと喋りすぎていけないので。ただの日記ですブログです。